帰宅した散文

なまいきです。当然のようにつまらないです。

『若者』達の証言

この地は生きやすい世界だ。昨日、僕よりも3倍位長く生きている人がそう言っていたのだから間違いない。夜の訪れが来ない。一日中明るくて、その街を形作る人たちもまた、活発に動き回っている。同じ生物種同士殺し合うことも稀にしかない。生存競争などという言葉があるが、そもそも生存に競争は必要ないのだと大地が語りかけているようだ。
「本当に、良い、街だ」
僕は隣に佇む男に語りかけた。
「ねえ、何が不満だって言うんだい?」
僕は早く解放されたかった。この男は酷い癲癇で、時たま僕には理解できないことを大声で叫ぶのだった。
彼は掴み所がなかった。何か、その存在自体が何処までも続く闇を内包していた。切れ端を掴んだと思ってもそれすら偽物で、真実を明らかにする気がないようだった。
「何にも不満はないんだ」
彼は言葉を切って、僕の方を振り返った。
「ただ、僕に当てはまらない。この場所は僕の居場所ではなくて、仮の住まいに過ぎない。元からの住人を見ろ。皆、僕のことを余所者と軽蔑している。招かれざる客なんだ。」
右足で蹴った石が、少し軌道を逸らし街灯にぶつかって動かなくなった。先程まで忙しなく活動を続けていた夜の街も呼吸をやめたように風ひとつなく、激しやすい雲に飲まれていった。
「僕は流刑者だ。最近気付いた。だから溶け込めないし、何かに焦がれている。求めている。ここではない、死や希望やユートピアとか、そういう抽象的な言葉で表現されるものではなくて、もっと具体的で、そうだな。」
彼は脳内で言いたいことを纏めるのが苦手なようだった。あるいは、何かしらの断定的な言葉で自分の思索を表したくはなかったのかもしれない。僕は話続けろと叫んだ。前を歩いていたカップルが、不思議そうに視線を投げていた。
「とにかく、僕は自分が在るべき場所に戻りたいんだと思う。実際にそんな場所はないよ。でもここにいては、何も始まらない。僕は生まれ持った原罪に押し潰されて気が付いたら死んでしまうことになる。それは嫌だ。僕は生きたいと思う。死を渇望する人間は総じて醜い。死は簡単に手に入れることが出来る。でも、そんな安売りしていい瞬間じゃないんだ。自らの意志の届かないところで起こる現象、それが死だ。わかるか。僕は目の前で人が死ぬのを見たことがある。交通事故が起こってしばらくしたあとに通りがかったんだ。バイクの運転手は色んな所から血を流してた。知らないだろ、人間は無数の陥没を持ってて、その全てから血が溢れでるんだ。その様子は砂漠の中で枯渇してる時に泉を見つけた、そういう美しさを感じられる。わかるか。生の輝きだよ。彼は生きてた。轢いたのはトラックだったけど、トラックで運んだら振動ですぐ死ぬのは目に見えてたから、幸運にも高そうなさ、ベンツとか。そういう車が通ったから無理矢理乗せてもらって、僕はそれに着いていったんだ。彼は生きてたからだ。わかるか。一瞬で死んだんだ。断末魔の叫びって言うだろ。人は死の瞬間、どこにそんな力が残ってるんだっていう位力強く叫ぶんだ。その後、僕に掛かる重味が数十倍にも膨れ上がって、血まみれにされた高級車を運転する不運な男と、死を体感している僕と、二人っきりになる。わかるか。さっきまであんなに美しかったのに、僕の手には恐怖しか残らないんだ。ああ、わからないだろうなあ!」
男は妙に冷静に僕の顔を見ていた。生憎、生死についての断片は何度となく聞いていた。興味は湧かない。どんな英雄でも、金持ちでも、引きこもりだって死ぬときは死ぬ。それでいいと思うのだ。死に意味はなく、生に意味はない。喜怒哀楽を感じるために生きているわけでも、現実から逃避するために死ぬわけでも本来は無いからだ。その選択は、僕が下すことが出来る。生や死に意味をもたらすのは僕たち一人一人の役目だ。
「死が至高だから簡単に死にたくないのか」
「そうだ。立派な死を迎えるために本当に必要なことはなんだと思う?自分の居るべき場所で精一杯生きることだ。でも僕は、自分のパフォーマンスを一番輝かせることができる場所がここだなんて思えないんだ。だから別の場所を見付けないといけない。」
僕は終始話し半分に聞いていた。前のカップルにイラつけるのは、心に余裕がある証拠だった。僕と彼は、隣り合わせで歩いていながら温度に重度の差があった。
「でも全部『選択』だろ」
僕は投げやりにそう吐き捨てた。「この世で自分に起こることは殆ど全部自ら選んだことの結果だもの。だからお前は、何かこの地に違和感を覚えているのかもしれないけど、ここにいることだって、お前自身の選んだことなのかもしれない。」
男は僕の顔をキッと睨んだ。押さえ付けられそうにない衝動を僕に当て付ける準備を始めたかのようだった。
「僕は、夢を見ている。」
いつのまにか、僕たちは立ち止まっていた。周りに人影ももはや見当たらなかった。
「理由を与えてくれる場所にいきたいんだ。僕は、僕は、このままでは、あそこに生えている雑草と同程度の貢献しか世界にすることができないんだ。」
「ここでも十分に見つけられる。結局、自分次第だ。」
「違う、違うんだ。僕は根本的に歓迎されていない。」
「じゃあ、どこに行くつもりなの。」
彼を満たすことの出来る場所なんて地球上にあるのだろうか。追い求めている限り、いつまでも手に出来ないものではないのか。
「それを探すんだ。いつか、見つかるだろ。」
その時彼を止めれば、唯一期待している光をも奪われて、永久に僕のもとに帰ってくることは無さそうだと直感していた。だが、彼は生きたいと語ったのだ。 だから大丈夫だと安直な考えで僕は適当に送ることに決めて、彼はいつの間にか、万国を震撼させる殺人集団に荷担するようになる。