帰宅した散文

なまいきです。当然のようにつまらないです。

中々売れないお茶

 昔友達が驚くほど唐突に「私好きなビルがあるの!あれ!」と語ってきたことがあった。全く特徴を持たない、どこにでもある高層ビルだ。正直、良さがわからなかった。もしかしたら、話題提供のために一生懸命考えてくれた結果だったのかもしれない。そうだとしたら、センスが無さすぎて心配になる。
建物は僕たちの生活に必要不可欠で、どこをほっつき歩いても永遠に姿を見せないなんてことはほとんどない。あるとしたら砂漠か大海原位だろう。僕には縁がないのでそんな仮定はしても無駄だ。
建物は空気のように存在している。当たり前すぎて考えることはあまりないけれど、そういうものなのだ。だからこそ、意識して考えた時に好みが生まれる。
僕は好きなビルの話をされて、建物というものについて考えてみた。あるものは住居、あるものは店舗、あるものは展望台。それぞれそこにいる人の人生を窓に反映している。僕が好きだと思ったのは一軒の商店だった。まず、見た目が不格好だ。左側と右側で柱の高さが明らかに違う。即ち、左右非対称なのだ。そんな建物で見ることのできる日常は、極めて悠然としたものだった。
まず、売る気があるのかないのかよくわからない配置で置かれた統一性のない商品。個包装の煎餅と茶碗、不揃いのシリーズ本が一挙に並べておいてある。誰が買うのだという不思議なオブジェ。僕はここは何屋なのかと尋ねたことがあるが、会計に立つ無愛想な若い女は、「なんでも整頓、分類、ジャンル分け。うんざり。」と僕の質問を跳ね返した。
そんな奇妙な店を僕は何故だか気に入っていて、それはあの根拠のない「あのビルが好き。」という気持ちと感覚が似ているのではないかと思っていた。僕は暇が出来ると少し歩いてこの店に通い、客とはちあわせることはほぼないのに、いつも順調に売れていく品物と、新しく入荷してくる品物を物色しながら店を巡回した。
僕自身はこの店で何も買ったことがなかった。つまり非常に迷惑な客だったのだが、不思議にも雰囲気に歓迎されていると確信していた。そして、僕も居心地が良かった。受け入れられていると強く体感することができた。
レジの女は相変わらずにこりともしない。今日こそは何か買ってやろうと思い一通り見て、いつも無造作に入れ換えられ、追加されている陳列棚の配置のなかで、異様なほど定まっておかれているお茶に目が止まった。
そっと裏を返すと消費期限が来週に迫っている。
もしかしたら、長く置きすぎて商品として扱うには適さないことに気付いていないのかもしれない。せっかくだから、このお茶を買おう。
そう親切心でレジにお茶を持っていくと、女が眉間にシワを寄せた。
「それ、消費期限来週よ」
僕は混乱した。分かっていておいていたのか。だが、普通売れ残らないよう気付かないふりをしてもおかしくないのではないか?自分から言ったということは、売りたくないのだろうか?だが消費期限は来週だし、この機会を逃せば二度と買おうとする人間は現れないだろうに。
ぐるぐると考え込んでいると、女はまた言った。
「お茶が欲しいなら、あっちにもあるわよ。新しいのがね」
店の左端を指差して語る女は、実に不機嫌そうだった。
僕は爪先に当たった花火を取り上げながら言った。
「お茶はいいよ。これをくれるかな」
女は無言で頷き、花火を丁寧に袋にいれた。会計を済ませて僕は尋ねた。
「そのお茶を売りたくはないのかい」
女は平然と頭を振った。
「売りたくないんじゃないわ、売れないのよ」